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東京地方裁判所 昭和30年(行モ)3号 決定

申請人 東京自動車交通事業協同組合 外一名

被申請人 東京陸運局長

訴訟代理人 広木重喜 外四名

主文

申請人らの申立をいずれも却下する。

理由

申請人ら代理人は、申請の趣旨として、

本案判決確定まで被申請人が昭和三〇年二月一日付五五東陸自旅二第七八号をもつて申請外大和自動車交通株式会社外九八名に対してしたトヨペツト、プリンス両車の運賃料金変更に関する認可処分の執行を停止する。

との決定を求め、その理由として、

一、申請人らのうち、東京自動車交通事業協同組合は、日正自動車交通株式会社ほか二一社を組合員とし、相互扶助、自主的経済活動の促進等を計るため設立された協同組合であり、東京都内のタクシー業者五団体の一つである。

二、ところで、右申請人協同組合外の東京自動車協会所属の申請外大和自動車交通株式会社ら七九名(後に一九社これに同調)は、昭和二九年八月一三日被申請人に対して、トヨペツト、プリンス車(いずれも国産車)の現行運賃及び料金「最初の二粁まで八〇円、爾後五〇〇米までを増すごとに二〇円、待料金五分ごとに二〇円」を、「最初の二粁まで七〇円、爾後五七〇米までを増すごとに二〇円、待料金六分までごとに二〇円」とする旨の運賃及び料金の変更(値下)を申請したところ、被申請人は昭和三〇年二月一日右申請の運賃料金の変更を認可し、同年二月一一日よりこれを実施すべきものとされた。

三、しかしながら、被申請人のした右認可処分は道路運送法第八条第二項第一号及び第四号に反する違法な処分である。すなわち

(一)  本件認可運賃等は大多数のタクシー業者の採算を無視するもので、同条第二項第一号にいわゆる「能率的な経営のもとにおける適正な原価を償い、且つ適正な利潤を含むもの」ではない。

(二)  本件認可運賃等は、同条第二項第四号にいわゆる「他の自動車運送事業者との間の不当な競争をひきおこすおそれ」がある。中型自動車のうちトヨペツト、プリンス両車(国産車)の運賃等の値下のみ認可することとなると、同型、同車について運賃等に差異を生じて不公正であるのみならず、他車種についてその収入を著るしく減少させ、多くのタクシー業者の経営を不能ならしめ、遂には他車種も必然的に運賃値下を迫られることとなり、激烈なる不当競争をひき起すおそれがある。更に「日本国とアメリ力合衆国との間の友好通商航海条約」(昭和二八年一〇月二八日条約第二七号)第一六条第一項の規定等に基く現在八〇円ランクの諸外国車に対する差別待遇の問題がある。もしこの車が運賃値下を申請すれば国産擁護を理由としてこの申請を拒絶し得ないことは当然であり、ここに狭い市場を争つて運賃値下による一層激烈な不当競争をひき起すおそれがある。

従つて本件認可処分は道路運送法第八条第二項第一号及び第四号所定の要件を欠き、法律上重大かつ明白なかしあるものとして当然無効たるを免れない。

そこで申請人らは被申請人を相手取つて東京地方裁判所に右行政処分無効確認等訴訟事件を提起した(同庁昭和三〇年(行)第一二号事件)が、右処分を現状のまま放置するときは、後日申請人らが本案の訴訟で勝訴の判決を受けても次の如き償うことのできない損害を蒙ることになる。すなわち、申請人日本交通株式会社はトヨペツト、プリンス両車が現行運賃でさえ収支償うことができないのに利潤をあげ得ない七〇円の運賃値下により他車種にも甚大な影響を与え、更に多大の欠損を計上して経営不能に陥るべく申請人日本交通にとつて重要なる営業たるタクシー部門を閉鎖せざるを得ない結果となる。また申請人東京自動車交通事業協同組合所属のタクシー業者も同じく本件認可処分の影響による経営の破綻から会社の崩壊を招き、申請人組合にとつて回復しがたい損害を蒙る結果となる。よつて本件認可処分の執行停止を求める。旨申立てた。

被申請人の意見の要旨は、

一、本件認可処分があつても、申請人東京自動車交通事業協同組合所属のタクシー業者及び申請人日本交通株式会社は、従前通り一般タクシー業を営めるのであつて、単に経済的不利益を受けるに止まるから、申請人らは本件認可処分の無効確認または取消を求める法律上の利益がない。(なお、申請人組合が組合員たる業者のため訴訟を追行するものとすれば、右組合にかかる権限がないから当事者適格を欠く。)従つて、本案訴訟が訴の利益を欠き不適法である以上、本件執行停止申請も不適法である。

二、本件運賃等の認可処分は、タクシーの各車種間の実車率の不均衡を是正し、タクシー業者の合理的経営下における各車種の利潤の平均を計つたもので、道路運送法第八条第二項各号の要件をみたし、適法かつ有効である。従つてまた「日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商条約」第一六条第一項に違反しないことも明らかである。

三、申請人らは本件認可処分により償うべからざる損害を生ずることはない。申請人組合所属のタクシー業者及び申請人日本交通株式会社は営業上不利益を蒙つたとしても、その損害は金銭をもつて容易に賠償することができる。なお申請人組合について、組合所属の各業者の蒙る経済的不利益は直ちに組合自体の利害に関連するものとはいえないから、同組合自体の損害は如何なるものか理解しがたい。

四、更に昭和三〇年二月一一日からトヨペツト、プリンスは本件認可運賃で運行しているのであるから本件認可処分の執行停止は他の認可を受けた業者の営業に支障を来たすのみならす、一般公衆の利用ならびに運賃行政の混乱を招き、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

というのである。

ところで、行政事件訴訟特例法第一〇条第二項による行政処分の執行を停止する旨の決定をするについては、その処分の執行により、金銭をもつて償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認められる場合に限られるのである。

本件において、当事者双方より提出された疏明書類をあわせ考えるならば、申請人日本交通株式会社は、現在の保有車数七〇二輌のうち、ハイヤー四三六輌、タクシー二四一輌(トヨペツト、プリンス両車計一〇〇輌前後)で、同社の経営全体からみれば従来相当の収益をあげているので、トヨペツト、プリンス両車についての本件運賃等の認可処分の影響を蒙り、タクシー部門を閉鎖するのやむなきに至つたとしても、直ちに同会社の経営が危殆に瀕するものは考えられない。従つて本件認可処分の執行によつて金銭をもつて償うべからざる緊急の損害が生ずるおそれがあると認めることはできない。また申請人組合についても、同組合自体にかかる損害を生ずるおそれがあることを認めることはできない。

よつて、その他の諸点についての主張の当否はしばらくおき、申請人らの申立は停止の必要性を欠く点において相当でないと認め主文のとおり決定する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 粕谷俊治)

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